T.はじめに
私と「ロードス島戦記」との出会いは中学1年生の頃だが、その時から私のファンタジー小説歴が始まったと言っても過言ではない。今にして思えばこの作品と出会わなければ、私は妖精やドラゴンなどに何のこだわりも持たないいわゆる普通の女子学生としての日々を送れたのではないかと思う。しかしながら、既にその道に嵌ってしまった私にとっては、この作品は入門書であり、青春のバイブルであった。
今回は「ロードス島戦記」の世界観を紹介すると共に、その魅力に迫りたいと思う。なお、私はアニメを見たことがないため、以下の概論は原作(角川スニーカー文庫「ロードス島戦記」1〜7)のみに基づいてのものであることをご了承いただきたい。
U.作品紹介
「ロードス島戦記」は、安田均:原案、水野良:著のファンタジー小説である。パソコン総合雑誌「コンプティーク」に連載された同タイトルのTRPG(テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム)のリプレイを小説化したもので、水野良先生の公式デビュー作品でもあるらしい。聞くところによると、日本ファンタジー界のエルフの姿かたち(耳が長く人間に似た生態)はこの作品の影響を受けているらしく、ある意味では日本ファンタジー界の標準を作り出した作品だと言えるかもしれない。
V.ロードス島の世界観
1.語句説明
ここでは、「ロードス島戦記」の世界観を捉えるためにいくつかの語句を紹介しようと思う。以下のものはロードス島の世界における設定だが、この作品に限らず、ファンタジー小説を読む上で少しでも手助けになれば幸いである。
@ロードス島
剣と魔法が支配する世界フォーセリアで、アレクラスト大陸の南に浮かぶ島。「帰らずの森」「火竜の狩猟場」など呪われたとしか思えない場所があるため、大陸の人々は「呪われた島」と呼ぶ。大きく分けて、神聖王国ヴァリス、千年王国アラニア、連邦王国モス、カノン王国、砂漠の王国フレイムの5つの国、そして自由都市ライデンがある。マーファ教団(後述)のロードス島創世神話に曰く、神話の時代(後述)に大地母神マーファと破壊の女神カーディスが戦い、共に斃れた。カーディスはマーファの力によって石化されたが、腐食の呪いを大地にかけた。マーファは呪いがそれ以上広がらないようにその地を大陸から切り離し呪いを解いたが、力尽きて自らは大地に還ったという。その切り離した大地が、ロードス島である。ちなみに実在するロードス島とは何の関係もない。
Aマーモ島
ロードス島の南に浮かぶ島。「暗黒の島」と呼ばれ、邪悪な魔獣(後述)が数多く住んでいる。「最も深き迷宮」を巡る戦い(後述)の後、ベルドがマーモ帝国を作り上げた。破壊の女神カーディスの石化した躯は、この島に眠っている。
B神話の時代
神々や古代種の巨人やドラゴン達の時代。後世期に、光の神々と闇の神々に分かれて争った。マーファとカーディスの争いも、その一環である。
Cカストゥール王国
古代に栄えた魔法王国。魔術師達により統治された。ロードス全土を支配し、古代竜や下位の巨人なども魔法の力で服従させた。とある魔法の失敗により滅亡へ。
D「最も深き迷宮」
パーン達の時代から30年ほど前に、「最も深き迷宮」と呼ばれる魔宮から強大な力を持った魔神達が封印を解かれ暴れまわった。その状態は3年ほど続いたが、徐々に人間と亜人種(この場合、妖精を指す)達によって追い詰められていった。魔神達は「最も深き迷宮」に逃げ込み、100人の選ばれた英雄達がそれを追いかけた。結果、6人が生きて戻り、現在まで6英雄として称えられている。
Eモンスター
ロードス島には妖精・妖魔、精霊、幻獣・魔獣、巨人、アンデッド、魔法生物などが存在する。その位置づけが非常にややこしい。
妖精・妖魔は、妖精界の住人で、自然の力(精霊力)が物質界(人間の世界)で正常に作用するように働いている。しかし、人間界にやってきた妖精はその仕事から解放され、人間のような暮らしをしている。エルフ、ドワーフ、グラスランナーなどがそうだ。妖魔としてはゴブリン、ホブゴブリンなどが挙げられる。人間から見て、害があるのが妖魔、それ以外を妖精と呼ぶ。
精霊は、精霊界の住人。自然の力に生命が宿ったもの。例えば、風が吹くのは風の精霊シルフがいるからだし、水が船などを浮かべるのも水の精霊ウンディーネがいるからである。四大元素だけでなく、感情を司る精霊、夢の精霊なども存在する。精霊にも上位と下位があり、上位の精霊を行使できるのは、上級の精霊使いだけである。
幻獣・魔獣は神々や古代王国時代の魔術師達が作り出した生命体のこと。マンティコアなど。ドラゴンもこの種族だが、彼らは神々と同じ時期に生まれた太古種族で神々と同格である。人間から見て美しいものを幻獣、そうでないものを魔獣と呼ぶ。
巨人は神々の末裔と考えられている。オーガーは巨人の仲間らしい。
アンデッドはゾンビやヴァンパイアなど負の生命力で活動する魔物。
魔法生物は古代魔術師に作り出された生物で、ガーゴイルや竜牙兵などのように生命力ではなく魔力を源にして活動している。
F教団
ロードス島では主に5つの神が信仰されている。至高神ファリス、大地母神マーファ、戦の神マイリー、幸運の神チャ・ザ、暗黒神ファラリスの5つである。暗黒神ファラリスを除く4つの神殿はそれぞれの信仰を認め合ったカタチをとっているが、実際のところは複雑なようだ。司祭は魔法を使え、神官戦士として戦争に参加したり、勇者の旅に同行したり、自ら旅に出たりする。
G魔法
ロードスの世界では、3種類の魔法がある。
ひとつは上位古代語を唱えることによって、モノの中に宿る魔力を引き出して魔法を使う、古代語魔法である。それを使う人々を魔術師と呼ぶ。得意な魔法によって死霊魔術師、付与魔術師など、区別される場合もある。ふたつ目は精霊語を唱えることによって精霊を召喚し、力を借りることによって魔法をかける精霊魔法。精霊使いが使う。みっつ目は神に祈ることによって魔法を使う、神聖魔法だ。唱える祈りの言葉は神聖語と呼ばれ、信仰する神によって異なる。
2.正義と悪 ―考察に代えて―
「ロードス島戦記」の内容を簡単に説明すると、ロードス島を舞台に繰り広げられる、主人公パーンの成長物語である。田舎の青年騎士パーンが、幾多の戦いを経て、経験を積み「ロードスの騎士」と称されるようになるまでの物語であり、ロードス島の内乱と対マーモ戦争の記録でもある。その中でも、正義と悪にスポットをあてて考察してみたい。
作品中では、いくつか正義vs.悪という図式が登場する。例えば神話時代における光の神々vs.闇の神々や、信仰における至高神ファリスvs.暗黒神ファラリスなどである。ダークエルフやゴブリンといった妖魔は絶対悪として描かれており、至高神ファリスの司祭によれば、彼らは存在自体が悪であり決して許すことの出来ない存在であるらしい。よって、それらの妖魔を大量に抱えたマーモ軍、ひいてはマーモ島のあり方は彼らにとっては許しがたく、おまけにマーモ帝国はロードス島の支配を目論む侵略者でもあることから、マーモ帝国は〈存在=悪〉と〈侵略者=悪〉という2つのレッテルを貼られているわけだ。しかし、マーモ側の人間模様も描写され、彼らも普通の人間と変わらないということが主張される。この二律背反は後半になるほど強調され、どことなく合点が行かない心持ちになる。それを主人公パーンの成長による見識の変化と取るか、作品の未熟さと取るかは個人の自由だが、大切なのは積極的に作品を楽しもうとする姿勢ではないかと、私は主張したい。
少し真面目に考察するならば、この作品で大切なのは「自分の為すべき事を成せ」ということではないかと思う。作中には幾人もの王達が登場するが、彼らのほとんどは苦しみ悩みながらもその責務から逃げることなく、自らの王としての役目を全うしている。6巻U章においてはパーンがスパークに「与えられた任務をただ果たすだけの男にはなるなよ」とアドバイスを与えているし、パーン自身もカシュー王にアラニア王として立てと言われた折に、自らは何をなすべきか考え、決意している。また、マーモのベルドやアシュラムも自らの役目を模索、実行している。その点では、ロードスとマーモの戦いは、信念のぶつかり合いであり、両者が自らの役目を果たさんとしたがために起こった戦いだとも言える。そう考えると、押し並べて正義と悪に分けてしまうのは早計であり、そこにこそ、この作品の面白さがあると言えよう。もっとも、主人公パーンは自分の為すべき事を果たしたため、作品の終わりになって、これから自分が何をすればいいのか判らないという状態に陥ってしまうのだが…。
W.おわりに
「ロードス島戦記」は、語句説明をご覧になれば判ると思うが、非常にややこしい世界である。ファンタジーに馴染みのない人は、その世界観に戸惑い、すんなりとストーリーに入れないのではないかと思う。初めてファンタジーを読むならば、アドバイスは1つ。「気にしたら負け」だ。魔法や妖精・精霊に疑問を持たず、そういうものだと受け入れて読み進めれば、いつのまにか何となく判っていたりするものである。ファンタジー小説とは所詮は娯楽であり、フィクションであり、それ程深く理解する必要はない。妖精だ、魔法だ、ドラゴンだと騒いでみたところで、興味のない人間からしてみればただの変な人である。最近はロード・オブ・ザ・リングなどにより一般的になりつつあるのかもしれないが、冷静に考えてみれば、現実に存在しない妖精や精霊に薀蓄を垂れるのは、やはり奇行である。ましてや、それを青春のバイブルとまで言い切った私は、すでにヤバイ領域に踏み込んでおり、「オタク」と言われても仕方ないのではないかと自分でも思う程だ。発表を終えた今、ただ今後の周囲の人々の私に対する態度が変わらないことを、願うのみである。
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