はじめに
私は中学時代を県下ナンバー1と目されるヤンキー中学校で過ごした。ここは世間の常識が通用しない異世界である。今回この貴重な青春時代を過ごした阿鼻叫喚の世界を紹介したい。ちなみに話者の年齢を鑑みて、断りがない限り平成元年から平成10年を時代設定とする。
1.調査地概況
調査地であるA中学校は那覇市の国際通りに近い、いわゆる都会の中学校である。中学校の向かいには幼稚園と小学校があり、中学校のスクールゾーンが全て飲み屋とイカガワシイ宿泊所(オジサンたちのパラダイス)というアバンギャルドな環境だった。そのため学区の関係上飲み屋のママさんが親、もしくは祖母という生徒がかなりの確立で存在した。近隣中学校にB中、C中、D中などがあり、交流は主に「ブッコミ」(後述)という形で行なわれていた。ちなみに県内のヤンキーたちはA中というだけで一目置き、できることならA中に転校し、一旗挙げたいと考えているようである。
2.ヤンキーの定義
ヤンキーとは一般的に頭の悪い不良のことである。彼らは自分たちはかっこいいと信じており、珍妙な格好で年中過ごす。男子は短ランにボンタン、もしくはピッタリスラックス、女子は短シャツにロンスカである。中のTシャツは主に原色である。靴下も男女とも主に原色、そして靴はデッキである。髪型は男子がドラゴン・ロングドラゴン・パンチ・アイパー・インペリなどで、必ずベジータのようなソリが入っている。女子はロン毛である。色はコーラで抜いた半端な金髪が多い。眉毛がマッチ棒のような形状をしていることが望ましいようである。
活動としては主に授業妨害・カツアゲ・チョンボ・チャリによる暴走行為・不純異性交遊などが挙げられる。私見であるが彼らの多くは群れて過ごすのが大好きで、「かっこいい行動」を行うことに血道をあげている。
3.A中における人物認識
A中では行動パターン及び服装によっていくつかの人物認識がある。まず「ワル」度合いからヤンキー→アシバー→パンピー→オタクの4種に分けられる。ヤンキーは先述したとおりである。アシバーとは「遊んでる人」という意味でヤンキーではないが少しだけ悪い、というものである。アシバーの格好としてはヤンキーほどではない短ラン、そして短シャツが挙げられる。女子の場合はミニスカートという場合もあった。遊んでいるといってもコンビニでタムロったり、万引きをしたりといった程度である。ちなみにヤンキーよりもアシバーのほうが可愛い女子が多かった。ヤンキーとアシバーでA中の8割を占める。パンピーというのは普通の生徒である。成績は中の上から上位を占める場合が多い。格好もごく普通で校則は一応守るというものが多い。オタクというのはご存知の通りである。
そして忘れてはならないのが体罰教師である。彼らは風紀を乱すという行為が許せないらしく、「生活指導」という名目で棒や竹刀を片手に生徒を威嚇して歩いていた。ヤンキーは彼らの格好の獲物であるが、卒業時に「お礼参り」と称する体罰教師にのみ行なわれる返礼により制裁されることもある。
4.A中における組織図
A中には確固たるカーストが存在し、それを維持する組織がある。このカーストは年功序列であり下克上はありえない。ホワイトボード参照のこと。
(1)番格制
年次ごとに男女とも「番長」と呼ばれるヤンキーの頂点に立つ人物が存在する。番長になるためには格闘できることも重要だが、先輩の覚えが良くなくてはならない。強くても協調性がなくては「ノラ」とされ、組織の頂点に立つことはできない。また番長に準ずるという意味で番格という人物も存在する。彼らは番をサポートし、組織の運営に心を砕く。月1で番格会議が持たれ、どこの中学校にブッコミに行くか、組織の秩序を乱す輩に対する制裁、組織への上納金の回収などが主な内容である。
(2)トイレ番
これは女子のみにある組織で女子トイレの管理を目的としている。年次ごとに東・西・体育館・プール・図書館・部室・音楽室などのトイレに休み時間ごとに走り、そこで睨みを利かせることが主な活動である。そのため上級生のトイレに入ることは一種の冒険であった。またトイレは喫煙や制裁の場となることが多々あった。
(3)裏番制
これは正規の番格制ではないが、ブッコミに行くときのみ召集される人物を総称して裏番という。この裏番は格闘技に長けている、恐れをしらない、限度を知らない人々で結成されているため、非常に危険であった。また裏番と番長を兼ねることはできない。
(4)タイ番
これはタイマン(1対1の喧嘩)を取り仕切る番長で番格制の一つである。主に番格が兼ねる。仕事内容としてタイマンを張るときの日時の指定、場所の指定、判定、敗者への制裁などが挙げられる。
(5)黒薔薇連合
これはA中内で結成された暴走族である。手段としては主に改造チャリ(原動機付自転車、もしくは自転車)が利用される。黒薔薇連合のトップは総長と呼ばれ歴代総長が乗っていたチャリに乗ることになっている。正月・ひな祭り・こどもの日・七夕などに総会が開かれ、A中付近の路上を暴走している。
(6)アネブン(姉分)・イモウトブン(妹分)
これはA中における女子の師弟関係を指す用語である。アネブンが上級生、イモウトブンが下級生にあたり、この関係は多くの場合卒業後も続く。この師弟関係を結ぶのは入学式から1週間ほどの間である。まず上級生が入学式のときにめぼしい1年生に目をつけ、その後「イモウトブンにならないか」と持ちかける。1年生は先に誰かのイモウトブンになっていない限り断ることができない(断るとヤキが入る)。アネブンは1人以上持ってはならないが、イモウトブンは何人でも持つことができる。
師弟関係を結んだ彼女たちが何をするかといえば「交換日記」「贈答品の受け渡し」「卒業式に花束を渡す」などである。
5.A中における年中行事
ここでA中における年中行事を紹介したい。
(1)4月
@入学式
4月吉日に行なわれる。このときヤンキーたちはイモウトブンとする下級生を物色する。
A歓迎バレーボール大会
4月吉日に行なわれる。このときイモウトブンやアネブンに渡す贈答品を作るために前日まで忙しい。バレーボール自体に興味があるのはバレー部だけであろう。
(2)5月
@遠足
5月初旬に行なわれる。ヤンキーたちは遠足で豪遊するために前日までにカツアゲを済ませておく。またアネブン・イモウトブンは贈答品の交換を行ない、イモウトブンはアネブンの弁当・飲み物などを準備する。参加率は比較的高い。
A中体連
中体連は全校生徒必ずどこかの応援に行かなくてはならない。遠足と同様の行動をヤンキーは行なう。贈答品は手作りのハチマキ・人形・ワッペン・御菓子などが主。必ずどこかの中学校と乱闘が行なわれ、遺恨となって後日のブッコミが行なわれる。
(3)7月
@七夕
七夕には黒薔薇連合による暴走が行なわれ、ファンと生活指導の教師が沿道に群がる。
(4)8月
夏休みだが勤勉なヤンキーは交際費を稼ぐためにカツアゲや万引き、ブッコミ、タイマンなどの活動に余念がない。
(5)9月
@運動会準備
9月半ばから行われる。この期間体育中心の生活になるためヤンキーはあまり学校に来なくなる。運動会でアネブン・イモウトブンに贈答品を送るためカツアゲが多くなる。
(6)10月
@運動会
運動会には卒業したヤンキーたちが集まるため贈答品の受け渡しが激しい。また他校の生徒も集まるので喧嘩も起こりがちである。来年入学予定のヤンキー予備軍が先輩たちに媚を売る絶好の機会ともなる。
(7)12月
@クリスマス
ヤンキーカップルが大変増える。恋人・アネブン・イモウトブンにプレゼントを贈るためにカツアゲが大量発生する。クリスマス当日には付近のラブホもどきの宿泊所がヤンキーで溢れかえる。黒薔薇連合のクリスマス暴走もあり。
(8)1月
@正月
ヤンキーたちは必ず波之上神宮へ行く。波之上神宮で買い食いをしながらパンピーがもらったお年玉を狙ってカツアゲを行う。その後波之上神宮の近隣にある対立校B中にブッコミに行くことも多々あり。黒薔薇連合による正月暴走(主に1日)あり。
(9)2月
Aバレンタイン
女子ヤンキーが男性にプレゼントと渡す。この際先輩ヤンキーと重なって渡すと後で制裁を受ける。また男性が後輩ヤンキーもしくはパンピーを選ぶと先輩ヤンキーが女性側に制裁を加える。ちなみに校内にプレゼントを持ってくるのは禁止されているため早朝から生活指導の教師などによる持ち物検査が行われる。
(10)3月
@修学旅行
2年生が行きは飛行機、帰りは船で九州へ旅行する。A中では高校受験時期に行われる。旅行中豪遊するためにカツアゲが頻繁に行われる。旅行中に盗難・万引きを行うと班の全体責任となり、バケツを持って宿泊地で立たされる。県内の他中学校と重なった場合、時間をずらして行動する。九州の中学生から金品を巻き上げて警察のお世話になる人多数現れる。飲酒喫煙のため強制送還される者も出現。九州で行方不明になる者もいた。アネブン・イモウトブンへの贈答品は主に万引きによって得る。
A卒業式
卒業式前は先輩への花束・プレゼントを渡すためカツアゲが大量発生する。また先輩たちは代々受け継いできた短ラン(裏に刺繍あり)やロンスカ(縫い取りは多い方がハクがつく)などを誰に譲渡するかを悩む。贈答品は多ければ多いほど喜ばしい。また卒業式のあとに近隣の公園・マンションの駐車場などで制服のままメリケン粉を掛け合うという儀礼も行われる。その儀礼はA中では禁止されているため、教師および卒業生の父兄による祭祀場となりうる場所への集団見回りが行われる。ちなみに3月中はA中近辺の商店においてメリケン粉の生徒への販売が禁止される。
6.A中における習俗
(1)アイサツ
主に女子のみが行なう習俗である。上級生を目にしたら目線をそらさず素早く首の上下運動を行なう。上級生が視界からなくなるまで行う。この行動をしない下級生には上級生からの制裁が加えられる。
(2)ヤキ
ヤキとは秩序を乱した者や気に食わない者に対する制裁である。代表的なヤキとしては殴る蹴るの暴行であるが、その他にもタバコを押し付けるヤキバン・石などを口に詰めて殴るカッチン・ストリーキングをさせるインガイなどがある。これは相手にどのようなダメージを与えるか、どのくらい恨んでいるかによって異なる。女子に対する最大のヤキがワット攻めというものである。これは口頭で説明する。
(3)タイマン
これはヤキとは異なり1対1で戦うもので、タイマンを張るためには正当な理由とタイ番の許可が必要である。タイ番はタイマン張りたい二人の意見を聞き、日時と場所を指定して、衆人環視の中でタイマンを行わせる。これは部室棟の裏や体育館裏などで行う。ちなみにタイマンに負けたほうはタイ番以下ヤンキーたちにヤキを入れられるそうだ。
(4)その他の習俗
他にもいろいろあるが、一番面倒な習俗として先輩との交換日記が挙げられる。これは一日あったこと、好きな男子のことなどのたわいのない話題を絵文字・イラスト付で報告しあう習俗である。授業中ほとんどの時間はこの交換日記に費やされるため、成績は悪くなるようだ。
7.男女交際について
ヤンキーの男女交際の特徴として同学年での交際があまりないことが挙げられる。これは男子にしても女子にしても先輩から告白されて断るのは至難の業だからである。付き合っているとしても目上のヤンキーが気に入ると恋敵は苦しい立場に立たされるようである。またヤンキー以外と付き合っている場合ヤンキーは「変わり者」として扱われるが、付き合っている相手はヤキの対象となりがちである。特攻服や学ランの裏などに「この命がある限り○○(相手の名前)を愛し続ける」とか「女一匹○○命」とか書くほどのラブラブっぷりである。またヤンキーは相手を簡単に変えないため、卒業と同時に妊娠・結婚、20歳前には「昔はムチャしたものさ」と懐古するほどに老成する。ちなみに最近会った友人(23歳)は4人の子持ちで、彼女に「アンタもいい加減落ち着きなよ」なんて言われると時の流れの残酷さを感じさせられた。また簡単に相手を換えると「バーキー」とか「ヤリチン」と言われ、軽蔑のまなざしで見られるそうだ。
8.学校外におけるヤンキーの活動
学校外でのヤンキーの活動として地域の青年会活動が挙げられる。A中は4つの字が学区となっており、各字で青年会活動が行われており、ヤンキーは青年会活動の中でも主に伝統芸能の実践を担っている。どの字でも伝統芸能としてエイサーを行っているためヤンキーの多くはエイサーを踊ることができた。青年会活動に参加する中学生はヤンキーが多い傾向がある。なぜなら夕方以降塾などに行かずに活動に精を出すことができる中学生は中々いないからだ。このことを考えるとヤンキーは伝統芸能の継承に一役買っていると言えるだろう。またこのような青年会活動においてヤンキーはとても勤勉に活動する傾向にあることも興味深い事実であるといえよう。
8.あとがきに代えて
ここまで私が青春時代前期を過ごした中学校の様子を紹介したが、大学で県外の友人に指摘されるまで日本中どこでもこのような状況だと思っていた。県外の人にとっては「びっくりするほど古層が残っている状態」だという。周圏論が適応できるのではないかという意見まで飛び出した。しかし現在でもA中ではこのような状態が続いておりヤンキーも健在である。そしてヤンキー上がりの大人も毎年生産され続けている。私はぶっちゃけヤンキーがあまり好きではなかったのだが、25歳にもなってまだ学生であり日々バカなことしかしていない自分よりも彼らのほうが人間としてできているのではないかと思っている。非常識とみえる世界かもしれないがその中にも秩序があり、生産性がある。ヤンキーもまた地域社会の現在性を考える上で欠かせない要素の一つであることを指摘し、このレポートの結論としたい。