最新更新日:
04/06/03

中城城跡・中村家住宅巡検

 新年度になって、初めての巡検となった今回の中城城跡・中村家住宅巡検は、四月下旬のよく晴れた日曜日に行われた。ここ数年では、最多の参加者数になったのではないかと思われる総勢11名の大ツアーとなった。
 まず、私たちは北中城村の某そば屋での昼食を早々にすませ、中村家住宅へと向かった。中村家住宅は、18世紀の中ごろに建てられてたといわれる上層農家の屋敷である。戦前の沖縄における住居建築の特色を随所に見ることができる。
 中村家住宅を一通り見終えた私たちは、お茶を飲みながら、見学時間以上にゆんたくした後、中城城跡へと向かった。中城城跡は世界遺産にも指定されており、琉球大学からは車だと20分ほどで行ける距離にある。団体割引の人数に満たない事を悔やみながら、料金所でチケットを買い、駐車場・料金所の反対側に位置する正門へと向かった。私たちは、濃緑の木々の隙間から黒い蝶がひらりと現われては消える小道をしばし歩いた。
 私たちは正門手前に位置する廃ホテルへ辿り着いた。この廃ホテルは、1970年代に建設途中で計画が頓挫してしまったといわれるホテル跡が、「廃墟」として残っている。沖縄では、もっぱら肝だめしスポットとして有名な場所である。その建造物群を遠くから眺めて、グスクと勘違いした観光客がいるほど、一風変わった建物が斜面にへばりついた格好で並んでいる。しかし、実際に近づいて見ると、コンクリートが剥き出しになった壁のいたる所にスプレーで落書きがされており、非常に薄気味の悪い場所である。かつての沖縄における観光施設の建設ラッシュとその破綻を思い起こさずにはいられなかった。それにしても、グスクという聖域にあまりにも近すぎる広大な敷地。今となっては、経営的・物理的な理由だけで計画が頓挫してしまったのかどうかはわからないなと思った。
 私たちは廃ホテルを後にし、正門へと続くなだらかな坂道を登った。すると、突然視界が開け、中城湾を一望できる広場に出た。一同、あまりの絶景にしばし立ちつくした。
 その後、私たちは鍛冶場跡を見学し、正門をくぐり抜け、城内へ足を踏み入れた。中城城跡は、名築城家とうたわれた護佐丸の居城として知られている。郭によって石積みの加工技術が異なる事から、一連の連なりを見せている各々の郭も築城年代が異なっているという。例えば、三の郭は相方積みと呼ばれる高度な石積みの手法を用いて、増築したと伝えられている。また、石積みの手法から一番古いとされている郭は、首里や久高島への配所がある南の郭である。南の郭は、現在でも拝む人の姿が絶えず、太古からの祈りの場としての機能を今なお果たしている。
 いまだ、はっきりとした定義づけがなされていない「グスク」ではあるが、この中城城跡の城壁は聖域としてのグスクから戦略的なグスクへの移行過程を私たちに見せてくれた。
(了)

■巡検風景



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